キリンの手記・宮下遊・造花「歌詞」
-1-
柔和な物腰の男に「筆」を売った。
何年も売れなかった筆だが、ようやく。
どうやらまだまだ駆け出しの物書きらしい。
彼の書く本が読める日がとても楽しみだ。
・・・
なんと、いつかの筆の男が私を訪ねてきた。
彼の本が巷で話題になっているのは私も耳に入っていた。
そのうち私のほうから出向こうか、などと思っていた矢先のこと。
訪ねることはあっても、られる、とは、これは珍しいこともある。 どうやって私の居所をつかんだのか、甚だ疑問ではあるが。
開口一番、彼はいう「心」 を、売りたい。
私は「それでは噺が書けなくなってしまうではないか」と彼に云った。
「書けなく、なりたいのだ」
それきり彼は喋らない。
仕方なしに私は彼から「心」を買った。
彼に何があったのか、私は聞かない。
彼の書いた本を読めばいいだろう、そう思った。
-2-
ふらり立ち寄った島で鬼に 「心」を売った。
今になって思うが相手に、よく無事だったものだ。
あれからしばらく経つが、「心」のおかげなのか、はてさて。
風のうわさではどうやらヒトとうまくやっているらしい
・・・
私は久方ぶりに会った鬼から 「想い」 を買った。
想いが実現した今、誰かの想いを叶えるために、役立ててほしい、と。
全くもって、頭の下がる。
私は欲張って、もう必要ないであろう、その「角」も売ってはくれないか、と持ちかけてみたが
・・・あっさり断られてしまった。
なんでも「ヒトと鬼でも、仲良くなれるって証明だから、これだけは、売れないわ」と 私としては残念だが、それもそうか、これからもあの「人」は「ヒト」とうまくやっていけると良い。
そういえば、彼女の話を耳にしなくなった、今はどうしているだろうか。
少し考えたが、彼女のことだ、きっと幸せにやっているのだろう。
-3-
今日は城下町に立ち寄って商売することにする。
一人 「想い」 を買っていった男がいた。
どんな想いに変わるのか、私にはわからないが、 彼ならきっと大事を成すのであろう。
そのうち男は王様になったと話を耳にした、きっと今ならばさぞ良いモノ持っているに違いない。
我ながら、 がめついことだとも思うが、これも商売。
そろそろ彼から何か、買いに伺うのも良い。
・・・
本当に王と成っていたかつての男から「歌」を買った。
昔はよく城下で歌っていたそうだが、もう歌うことも無くなったらしい。
「どうせなら売る前に聴かせてはくれないか」と頼んでみたが、断られてしまった。
「私が歌うなぞ、とんでもない、歌が聴きたければ、 楽団にでも歌わせれば良いのだ。」と。
どうやらこの王は、 歌以外にも、 沢山のものを売ってしまったようだ。
彼には今、何が残っているのだろう、 それはまったくもってわからない、が。
彼の眼を見て少し、恐怖を覚えた。
人の上に立つというのは、私にはとても出来そうに無い。
-4-
人魚の少女に「歌」を売った、 何でも、 人魚には歌というものが無いらしい。
まさか、船旅とはいえ、 人魚相手に商売をすることになろうとは、わからないものだ。
彼女の声ならば訓練しだいではあるが、きっと、とても良い 「歌」になってくれることだろう。
彼女がきっかけで、 人魚の楽団などできるだろうか、期待するのも悪くは無い。
・・・
偶然というものはあるものだ、 人魚の少女に再び会うことが出来た。
とてもとても素晴らしい歌声になっていた、 これならば売った甲斐があるというものだ。
私は彼女に、なにか、 要らなくなったものは無いかと聴いてみたが「今は要らないものなんて無いわ、それどころか欲しいものが沢山あるの」と。
どうやらまだ売りたいものは無いらしい、三度目はあるかわからないが、また会えるといい。
ひとつ耳にした話だが、なんと海にも私のような商売をしているヤツがいるらしい。
好奇心旺盛な彼女のことだ、あまり無茶をしなければいいが。
それはさておき、はて、今日は何を売りに出そうか。
また、好い客が来るといい。
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歌詞 楽曲 宮下遊
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